食物にはそれぞれ味があり、食物を食べるときには味を感じます。この味を感じることを味覚といいます。
1.味覚をおこす物質と味覚の分類
食物や飲み物にはさまざまな味覚を起こす物質が含まれています。砂糖は甘さを感じさせますし、塩は辛いという感覚を引き起こします。左図にあるキニーネは苦みを引き起こし、唐辛子の成分であるカプサイシンは辛みを起こす物質です。
味覚は化学物質による化学刺激です。味覚は大きく分類すると、甘い、辛い、酸っぱい、苦いの4種類(最近ではこれらにうまみを加えて5種類とすることもあります。)に分類することが
できます。
2.各味に対する舌上の感受部位
食べ物を口に入れたとき、すべての種類の味を舌上で同じように感じるわけではありません。それぞれに味に対する感覚はその味の種類によって舌の感受性が高い部位が異なっており、それぞれの味に特に敏感な舌の部分があります。
(1)辛い(Salty):塩をなめたときに感じるような辛いという感覚は主にナトリウムイオンによって引き起こされます。辛いという感覚は舌の前側部に敏感な場所があります。
(2)酸っぱい(Sour):レモンをなめたときに感じるすっぱいという感覚は酸によって起こる感覚です。すっぱいという感覚の強さは水素イオン濃度に関係しています。すっぱさは舌の側部に敏感な場所があります。
(3)甘い(Sweet):砂糖をなめたときにあまいという感覚がおこります。あまいという感覚は糖以外にも、グリコール、ケトン、アルコール、アミノ酸等さまざまな物質によって起こります。あまさに対する感覚は舌の先端部に敏感な場所があります。
(4)苦い(Bitter)
:キニン、ニコチン、カフェインなどアルカロイドや窒素を含む有機物等によって起こる感覚です。 動物は特に苦いという感覚に敏感です。これはたとえば植物の毒素の多くはアルカロイドであるからであるという説があります。
苦いという感覚は舌の奥の方が敏感です。
舌の表面には舌乳頭と呼ばれる構造があり、多数の味蕾が分布しています。
(1) 茸状乳頭(Fungiform papillae):舌の先から前3分の2に存在し、10個程度の味蕾を含みます。
(2) 葉状乳頭(Foliate papillae):舌の後側方に存在します。多数の味蕾を含みます。
(3) 有郭乳頭(Vallate papillae):舌の奥(口腔と咽頭の境界)にあります。100個程度の味蕾を含みます。
3.味覚受容器(味分子が作用する場所)
味を感じるには食物の中にある味覚を感じさせる化学分子(塩辛さのナトリウム分子など)が味を感じる細胞に作用することが必要です。実際に味を感じるのは舌の表面近くにある味蕾(Taste
buds)という味覚の受容器です。味蕾は直径約50マイクロメートルで、舌の表面に対して味孔という孔が開いています。この穴から味の化学分子が入り込みます。味蕾の中には基底細胞、支持細胞および味覚細胞という異なった種類の細胞があります。この中で味を感じることができるのは味覚細胞です。さらに拡大するとこの味覚細胞の細胞膜表面に味分子の受容体が発現しています(味覚の分子機構参照)。味をよく感じるために基底細胞の分化によって絶えず新しい味覚細胞が作られており、味覚細胞の寿命はほ乳類で約10日です。舌以外でも咽頭、喉頭等でも味覚を感じることができ、口腔、咽喉頭等、全体で10000個以上の味蕾があります。一つの味蕾には約50本の感覚繊維が分布しています。1つの神経線維は平均5個の味蕾に分布しています。低濃度の化学(味)刺激ではそれぞれの味蕾はそれぞれの味に敏感ですが、高濃度刺激では2つ以上の味に反応します。
一般的に苦さに対する感覚の閾値は甘さや辛さに比べて小さく、敏感です。また、年をとるにつれて味覚の閾値は上昇します(味に対する感覚が鈍くなります)。味覚の閾値には大きな個人差があります。実際に食物を食べた時の味というのはこれらの味覚の単なる混合ではなく、香り、温度、歯ごたえ等他の感覚を総合したものです。
4.味覚の分子機構
味覚の受容器は味覚細胞の細胞膜上に発現している化学受容体です。食物中の味分子が唾液等の液体に溶け込んで味孔から味蕾に入り、味覚細胞上の受容体に作用します。この刺激が受容体電位を生み感覚神経のアクションポテンシャルとなり、中枢へシグナルとして伝達されます。味覚はその種類によって感覚を伝えるシグナル伝達系が違います。
(1)塩辛さ:塩からさはナトリウムイオンと関係があります。ナトリウムイオンが味覚細胞の分布するナトリウムチャンネルを通して細胞内に流入すると脱分極がおこり、さらに電位依存性(Voltage
gated)のナトリウムやカリウムのイオンチャンネルが開いてアクションポテンシャルが発生し、塩辛いという感覚が伝達されます。アミロライド(Amiloride)という物質はこのナトリウムチャンネルをブロックするので舌に作用させると塩辛さを感じなくなります。
(2) 酸っぱさ:酸っぱさは水素イオンによって活性化されるチャンネル(H+
gated cation channel)によって味覚細胞が脱分極し、アクションポテンシャルが発生します。またdegenerin-1という蛋白もこの感覚に関与していると考えられています。
(3)甘み: 甘みにはG蛋白共役受容体(G
protein coupled receptor(GPCR))が関与していると考えられています。最近発見されたTas1r3という蛋白は味蕾に発現しており、甘さを感じる受容体だと考えられています。
(4)苦み:苦みについてもGPCRが関与していると考えられています。たとえば、TR2RはGPCRの1種で味蕾に発現しています。
(5)うま味: うま味はグルタミン酸が関係しています。グルタミン酸の受容体もGPCRの1種です。
ミント(メントール:Menthol)の清涼感:ミント味の飴やガム等を食べるとミントの味と共に冷たい感じを受けます。これはメントールの受容体であるCMR-1(Cold
and Menthol-sensitive receptor)が冷感を感知する受容体でもあるからです。CMR-1は1104アミノ酸からなる細胞膜に発現するカルシウムチャンネル(イオンチャンネル)であり、膜を6回貫通する構造を持っています。メントールの結合によってCMR-1が刺激を受けると同時に冷感の刺激が脳に伝えられます。(Nature,
Feb. 2002より)
5.G蛋白共役受容体
G蛋白共役受容体は細胞膜上に発現している蛋白で、疎水性のアミノ酸20数個の部分が細胞膜を7回貫通する構造をもっています(7
トランスメンブレン レセプター)。細胞内にはアルファ、ベータ、ガンマの3種類のG蛋白が複合体として存在しており、さらにアルファサブユニットにはGDPが結合しています。受容体に味分子が結合すると細胞内のG蛋白がGPCRに結合します。その際にGDPがGTPに変換されます。それによってアルファとベータ・ガンマ複合体が分離し、それぞれがエフェクタと呼ばれる別の蛋白に作用します。さらに細胞内の2次メッセンジャーに刺激が伝達されます。GTPはアルファサブユニットのGTPase(GTP分解酵素活性)によってGDPに分解され、再びアルファ・ベータ・ガンマG蛋白複合体が生成されます。
6.味覚の伝導路(舌から脳へ)
食物の味の情報は舌上の味蕾から感覚神経線維を通って脳へ伝達されます。その際、舌の部分によって伝達される神経が違います。舌の前三分の二の感覚は舌神経から鼓索、顔面神経(Facial
nerve:VII)を通り、孤束核に入ります。後ろ三分の一は舌咽神経(Glossopharyngeal
nerve:IX)を経由して孤束核に入ります。その後、一部の繊維は唾液分泌、嘔吐等の反射を誘発する脳幹の他の部位に投射し、他の繊維は視床を経由して大脳皮質体性感覚野の下部(味覚野)に投射します。
味覚異常:味が正常に感じられないことを味覚異常といいます。味覚異常には味覚不全(Dysgeusia)、味覚低下(Hypogeusia)、味覚消失(Ageusia)等があります。味覚の異常は脳神経障害、薬剤、亜鉛やビタミン欠乏、舌炎等さまざまな原因で起こります。
味覚検査法:味覚の検査には4つの基本的な味の物質を溶かしたものを口腔に含んだり、味蕾に滴下したりしてその味を感じる濃度を測定します。
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