1.人体の構成
生物の体は心臓、肺、肝臓等いろいろな臓器からできており、それぞれの臓器が体の機能を維持するのに重要な働きをしています。たとえば心臓は体中に酸素を多く含んだ血液を循環させるポンプとして働いていますし、脳は物を考えたり、記憶したり感じたりする働きをしています。これらの臓器はたくさんの細胞の集合からできています。これら身体を構成する細胞は全部で100兆個以上あります。細胞は遺伝プログラムに沿って増殖(細胞の数を増やすこと)、分化(特殊な機能を持つように変化すること)をし、そのためにそれぞれの細胞は与えられた働きを遂行するためにさまざまな形をしています。分化した細胞は形態や機能が違いますが、基本的な構造は共通しています。
ホメオスタシス(Homeostasis):体の状態(内部環境)をいつも一定の状態に保つことをホメオスタシスといいます。これは体の臓器や組織が協調的に働いて身体を一定に保つことを意味します。たとえば、すい臓から分泌されたインスリンというホルモンが血糖を一定の値に保ったり、腎臓が血液をろ過することによって代謝産物や不要なものを一定のレベルに保つことなどです。ホメオスタシスが保たれない状態では体の機能が維持できていない状態であり、これは病気を意味します。
2.細胞の構造
身体を構成する細胞は平均15マイクロメートル(千分の15ミリメートル)の大きさです(筋細胞のように長さが数十センチになるものもあります)。細胞はいくつかの細胞内器官から構成されています。
細胞膜(Cell membrane)-外界との境界:細胞は刻々と変化する外界から細胞内器官を守り一定の環境を保ったり、毒素や異物の進入を防がなければなりません。そのために細胞の外側は細胞膜で囲まれています。細胞膜という壁は約7,5ナノメートル(10億分の1メートル)の厚さで疎水性の脂肪(lipid)と蛋白(protein)でできています。脂肪のうち、75%はリン脂質(Phopholipid) です。これらリン脂質はリン酸がついた部分が親水性で、その反対側が疎水性を帯びており、疎水性の部分を外側にむけてリン脂質分子が2つあつまった脂質二重層(lipid
bilayer)の構造をとっています。この二重層の内側の層と外側の層では構成がやや違い、内側ではフォスファチジルイノシトール(Phosphatidylinositol)などの負電荷を帯びた蛋白、外側の層はスフィンゴミエリン(Sphingomyelin),
フォスファチジルコリン(Phosphatidylcholine)等でできています。
水や親水性物質(水に溶ける物質)は細胞膜を通過できません。そのため、細胞膜には、栄養素を取り入れたり代謝物を排泄、細胞外と情報伝達を行うための通路も必要です。細胞膜にはさまざまなタンパク質(受容体、担体、イオンチャンネル、ポンプ、酵素等)が埋め込まれています。これらの物質は細胞膜上をある程度自由に移動できると考えられています(流動モザイクモデル:Fluid
Mosaic model)。
核(Nucleus)-遺伝情報の保存場所:
細胞膜の内部を細胞質(Cytoplasm)といいます。核は真核生物(Eukaryote) の細胞内にあり、核膜(Nuclear
membrane)でおおわれています。核内には遺伝情報をコードした核酸(DNA)がコンパクトにパックしたクロモゾーム(Chromosome)がつめこまれています。体を構成するすべての細胞は同じ遺伝情報をもっています。核膜は二重膜で構成されており、イオンや小分子のみが通過できます。核膜には核膜孔(Nuclear
pore)があり、核内部と細胞質との間の通路となっています。核膜孔は100あまりの蛋白から構成されており、蛋白やmRNAがこの孔を通ります。
赤血球には核はありません。逆に筋肉等の細胞には2つ以上の核があります。
リボゾーム(Ribosome)-蛋白合成:
細胞質にはリボゾームと呼ばれる30ナノメートル程度の顆粒があります。リボゾームは60Sと40Sのサブユニットからなり、リボゾーマルRNAと蛋白から構成されています。リボゾームは蛋白生産の場であり、mRNAの情報をもとに蛋白を合成します。細胞質中のフリーのリボゾームはヘモグロビンやミトコンドリアの蛋白を合成します。
小胞体(Endoplastic reticulum):
小胞体は管腔構造をした膜からなります。粗面小胞体(Rough endoplastic reticulum)は膜表面に大量のリボゾームが付着しており、膜蛋白、分泌蛋白、ゴルジやライソゾームに蓄えられる蛋白を合成やジスルフィド結合形成に関与しています。表面にリボゾームをもたない滑面小胞体(Smooth
endoplastic retuculum)はステロイド産生の場所となっています。
ゴルジ装置(Goldi complex):
リボゾームで合成された蛋白はゴルジ装置に運ばれ修飾を受け、顆粒にパッケージされます。この顆粒はライソゾームや分泌顆粒となります。
ライソゾーム(Lysosome): 細胞質にある直径50ナノメートル程度の膜に包まれた構造物で、内部は酸性に保たれ多くの酵素を含みます。これにはカテプシン、コラゲナーゼ、グリコシレースなどが含まれます。ライソゾームは異物の消化や細胞の自己消化に関与しています。
ミトコンドリア(Mitochondria)-エネルギー産生:
細胞質内にある細長い形の器官で1つの細胞に数百から数千個あります。内膜と外膜に囲まれており、内膜はクリステと呼ばれるひだを形成しています。ミトコンドリア内にはたくさんの酵素があり、内膜では生体のエネルギーのもとであるアデノシン三リン酸(ATP)を合成しています。このATP合成の経路をTCAサイクル(Tricarboxylic
acid cycle)またはクレブスサイクル(Krebs cycle)といいます。ATP産生はグルコースの分解から始まり、グルコース1分子から30個のATPが産生されます。このようにミトコンドリアは細胞におけるエネルギー産生の場所です。筋肉等のエネルギーをたくさん必要とする細胞には多数のミトコンドリアが存在します。
よく言われているようにミトコンドリアは大昔は全く別の独立した生物であり、真核細胞の進化の過程で細胞内に取り込まれました。その後、ホストである真核細胞と共生(Symbiosis)するようになりました。そのためミトコンドリアはホストの核にあるゲノム(遺伝子)と独立した約16kbの環状のゲノムDNAを持っており、ミトコンドリアの遺伝子が蛋白になる場合(転写)も細胞核のものとは一部違ったコドンが使われます。ミトコンドリアを構成する99%の蛋白は核内のゲノムにコードされていますが、重要な酵素やRNAの遺伝子はミトコンドリアゲノムにコードされています。ミトコンドリア内にはDNAを修復するシステムがないので、核のDNAに比べて10倍以上の遺伝子変異率を持っています。このためミトコンドリア遺伝子由来のかずかずの病気があります。
このように動物の細胞は細胞核内DNAとミトコンドリアという2つの遺伝情報をもっています。これに加え、植物は光合成をおこなう葉緑体という別の外来器官をもち、3つの遺伝情報を持っていることになります。
真核細胞(Eukaryote)と原核細胞(Prokaryote):人間や動植物の体は真核細胞で構成されており、細菌などは原核細胞でできています。真核細胞は核膜やミトコンドリアを持ちますが、原核細胞は持っていません。
ミトコンドリア脳筋症:ミトコンドリアの異常により、多量のエネルギーを必要とする中枢神経系や骨格筋に症状があらわれます。
ミトコンドリアは母親由来(Maternal)です。父親のミトコンドリアは子供には伝わりません。これは、受精の際に精子から卵子に入ったミトコンドリアは細胞分裂の過程で分裂することなく消滅するからです。
細胞骨格(Cytoskeleton):
細胞内には細胞の構造、形態、運動等に関する繊維状タンパク質があります。これにはマイクロフィラメント(Microfilament)、中間径フィラメント(Intermediate
filament)、微小管(Microtubule)が含まれます。
マイクロフィラメントは直径約5ナノメートルの繊維でアクチンというタンパク質からできており、それぞれのアクチン分子(G−actin)は重合してF-actinになります。アクチンは小腸上皮細胞の微絨毛の運動や筋肉細胞内ではミオシン蛋白と結合して筋収縮に関与しています。
中間径フィラメントは直径10ナノメートル前後の繊維で核膜と細胞膜を連絡したり、細胞形態を保つための骨格となっています。中間径フィラメント(IF)にはラミン(Lamin)のように各細胞に共通のものと組織特異的なものがあります。後者にはビメンチン(Vimentin):結合組織などに発現、ニューロフィラメント(NF):ニューロンに発現、デスミン(Desmin):筋肉に発現、GFAP:アストロサイトに発現があります。
微小管は直径25ナノメートル前後の中空の繊維でアルファとベータチューブリン(Tubulin)という蛋白から構成されています。2つの蛋白のユニットがさらに13個あつまってリングをつくり、このリングが管状構造を形成しています。微小管は細胞内器官の位置の固定や輸送、細胞分裂の際に染色体を2つに引き離したりします。
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アデノシン三リン酸(ATP):アデニン、リボースおよび3つのリン酸からなる物質。ミトコンドリアで合成され、細胞のエネルギー源となる。
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